DropsⅡ vol.1

ED後の話

祝日の装いをしたグランコクマの街中は、大勢の人々でごった返していた。
預言は失ってしまったが、戦乱も無く、徐々に未来を見るようになった人々の顔は皆一様に活気に溢れ、明るい希望に満ちていた。
ともすると、すれ違いざまに肩が触れてしまいそうなほど行き交う人々で混雑している大通りを、こんないでたちで私達は一体どこまで行くのですか、というジェイドの問いにも答えずに、ピオニーは市民達の笑顔を満足そうに眺めながら歩いていた。


いくら変装しているといえども、一国の皇帝がたった一人の供しか連れずに、街中を歩くなどと通常では考えられない。万一事故にでも遭遇したら一大事の身の上である。しかも彼の立場上、暗殺の可能性だって否定できないのだ。
黒いタートルネックの内着にジャケットを羽織った私服姿のジェイドは、その為いつもの軍服とは違い、大きな動きの取りにくい状態にあった。いざという時、瞬時に動けるかどうかも少々不安があった。自分の左隣を暢気に歩いている、若目のハーフコートにジーンズという格好の現皇帝と話しながら歩いているその姿は、一見仲の良い友人同士に見えるが、それにしてはジェイドの視線は鋭すぎる。
「おいおいジェイド。そんな怖い顔して歩いてたら、余計に怪しまれちまうぞ。」
「・・・陛下に行き先を教えて頂けない以上、これ位は仕方ありませんよ。」
まぁそりゃごもっともだ、と大して悪びれもせず軽口を叩いていたピオニーだったが、ふと真面目な表情になってジェイドに言った。

「人間というのは不思議な生き物だなぁ。」
「何事ですか、急に。」
「預言を詠まなくなった頃は、皆一様に不安で暗い顔をしていたものだったが、今ではここまで持ち直した。国民に希望を持たせ続ける、という事は、国家を担う者にとって忘れちゃならない、大事な務めだな。」
「─そうですね。」
ついさっきまで馬鹿話をしていたピオニーが、おもむろにそんな事を言い出したので、ジェイドは少し驚いたような顔をしていた。
「心の持ちようで人は、良い方にも悪い方にも向かえると、つくづく思い知らされたと思ってな。キムラスカと戦をしていた時は、お互いが疑心暗鬼になっていただろう?それが悪い方悪い方へと進んで泥沼試合になってしまった。」
「げに恐ろしきは人の心─ですか。」
ジェイドは言った。

「全くだ。皇帝たるもの、国民の不安は極力取り除くような政を進めていかなきゃならん。改めて肝に銘じておかなきゃな。」
為政者であり、皇帝であることの孤独を浮かばせるような表情を、その横顔に感じ取ったジェイドは、真摯な態度で返答した。
「これからも、私達は全力で陛下をサポートさせて頂きますよ。」
「うむ。」
ピオニーがこういう言葉を発するのはめずらしい事だった。常日頃は、弱みを見せ合わないことを競っている感のある二人だが、いざという時にはお互いが何よりも頼りになる、ということも解っている。
すると、ピオニーはつ、と立ち止った。

「・・・なぁジェイド。」
「何ですか陛下。」
「俺はあの時、ルークに死んでくれ─と言った。」
「─はい。」
「あの決断をしたことは、今でも間違ってはいないと思っているし、後悔もしていない。」
「わかっています。」
「でもな、ジェイド。これは友人として言わせてくれ。」
ピオニーはジェイドに向き直って言った。
「その結果起きてしまった事については責任を感じている。そしてその事実が、自分の親友を少なからず苦しめている事も知っている。」
「ピオニー・・・。」
「だから俺は、少しでもお前の力になりたい、と思っている。」
「・・・・・・。」
ジェイドは何も答えなかった。

「そこで、だ。」
変装用にかけている伊達眼鏡を、いつもジェイドがやるように、中指で押し上げる仕草を真似しながらピオニーは言った。
「出来れば何も聞かずに、このままケセドニアまでご同行願えると、ヒジョーーーにありがたいのですが。」
「!」
してやられた、というような、苦々しそうなジェイドの顔を見たピオニーは、とても満足そうにうなずき、満面の笑みを浮かべていた。

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