DropsⅠ vol.4

ED後の話

「・・・ふぅ。そんなこったろう、とは思ってたぜ。」
ケセドニアを現在も取り仕切っている富豪商人、アスターからの手紙を読み終えると、ピオニーは大きく溜息をついた。
つい先日、以前からこちらから要請していた、関税の見直し案についての検討会議開催を了承した旨の返事とは別に、あまり公にしたくない大事な話があるのですが、とアスターから打診を受けていたピオニーは、持ち前の勘が働いて、“下の者”に検閲されない様に、恋文か何かの様相を呈して文書にて送るようにと、こっそりアスターに指示を出していたのだ。
その大事な話についてが、この手紙の主な内容だった。
「あいつに伝えるのは、まだ早ぇ気がするんだよなぁ。」
と彼にしてはめずらしく、長々黙々と考え込んでいた。
今日と明日、及び明後日までは、マルクト帝国における「国民の祝日」にあたる為、現在ピオニーの部屋にも人の出入りは全く無く、最低限の警備に人数を置いているだけになっていた。連休ともなるとさすがに宮殿内もとても静かだ。 そんな中、
「・・・よ~し!一肌脱ぐかぁ~!」
と部屋中に響き渡る大声を出して、ベッドから勢いよく起き上がったピオニーは、いい考えを思いついた、とばかりに満面の笑みを漏らして、足早に自分のクローゼットの方へと向かっていった。


久々の連休だからといって、特に出掛けたいと思う所もさして重要な用事も無く、いつもと同じ様に軍服に身を包み、執務室の自分の席で本に目を通していたジェイドは、こちらはめずらしくボンヤリとしていた。
「何だか頭に入りませんね。─ひょっとしてこれのせいでしょうか?」
と誰に言うとも無く呟き、いつもはあるはずのない空のワイングラスを片手に、既に空け終わってしまっていたデキャンタに目をやった。
「・・・やれやれ。スパにでも行くとしましょうか。」
自分の生まれ故郷であるケテルブルグには、余程の事がない限り立ち寄る事すらしないジェイドだったが、今回ばかりはほんの少々事情が違った。近々、妹のネフリーが離婚をすることになったらしいのだ。
この事はさすがにまだ内密らしいが、珍しく彼女が連絡を寄越して、ジェイドにその事実だけを伝えてきた。
「ネフリーも我が妹ながら、ああ我が強すぎては、夫婦生活ばかりか今後、世の中を上手く渡っていくこともままならないでしょうねぇ。」
などと、まるで他人事の様に呟いたジェイドだったが、彼は彼なりに妹の事を心配しているらしかった。
彼は、スパに行くのは口実で、実はネフリーに会いに行こうと思い立ったのだった。
「・・・しかし、陛下にはまだ口が裂けても言えませんねぇ。サフィール辺りが奴の実家から、何やら聞きつけないでいてくれれば良いのですが。」
と、サフィールのおしゃべりな顔を思い出してジェイドは少しだけイラッとした。

つい最近までグランコクマ地下の牢屋に繋がれていた彼は、新機関の研究開発に多分に貢献した、ということで恩赦を受け、現在は自分の実家と研究所(とジェイドの執務室)を、行ったり来たりしていると本人から(殆ど一方的に)聞かされていた。
あの洟垂れサフィールが、ピオニーを本気で動揺させそうなこの話題に飛びつかない訳がない。
そう考えると、はぁーとジェイドは更に気が重くなった。
ネフリーの離婚が、ピオニーに伝わった時のドタバタやら、一悶着起こるだろうことを考えると、ぞっとする。
過去に一度は恋人同士だったことのあるピオニーとネフリーだ。彼女にその気がなくても、ピオニーが未だに独身な事を考えても、まだ彼女を忘れられないでいるかもしれないこと位、ジェイドにも容易に想像がついた。
「・・・あいつ、意外と諦め悪そうだしな。」
ジェイドの中で急に陛下から友達に戻ったらしい、ピオニーへのタメ口の言葉は、”バターン!”という、ノックもなしに唐突に開かれた、執務室の扉の音に掻き消された。
「ジェイド!やっぱりここにいたか!」
扉の向こうから噂の張本人がドタバタと入ってきた。

「お前が連休に行かなきゃいけない所なんてどうせねぇだろうから、絶対ここにいると思ったぜ!」
「・・・驚きましたねぇ。一体何事ですか、その若々し過ぎる格好は。」
ピオニーの辛口な言葉も意に介さない、といった様子でジェイドが聞くと、ピオニーはニヤリ、として見せて、
「お前も行くんだよ。」
と、有無を言わせず、ジェイドを自分と一緒に連れ出そうとしている体裁を見せた。
「一体何処へ─」
今度も最後まで言わせずに、ピオニーは、
「軍服はちょっと、なぁ。おい。普段着に着替えろ。」
と容赦なくジェイドをロッカーに追い立てた。
「要するに、いつものお忍び歩きですね?」
「まぁ、そんな所だ。」

つい最近までは、ピオニーの我侭散歩に付き合っていたのはガイだったのだが、この所彼は不在がちで、ジェイドやピオニーからもいくらか距離を置いているようにも見えた。
「だが、今日はお前じゃないと意味がないんでな。」
その返答に、ジェイドの嫌な予感は一気に膨らんだ。
「陛下、本当に何処に行くのですか?」
先程よりか、いくらか真剣な顔になって再度聞いてくるジェイドに対し、変な含み笑いをしてみせたピオニーは一言、
「今日は口答えは許さん。皇帝勅命だ。」
と言い放った。
(コイツは・・・・)
となどと、自分の幼馴染みを苦々しく思いながらも、ジェイドはしぶしぶ私服に着替え始めた。ピオニーはジェイドを上手くさばく方法を、長い付き合いの年月と生まれながらの天性の勘で、どこまでも熟知しているようだった。
<終─Ⅱへ続く─>

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