Stalwarts vol.2

六神将/リグレットの話

元々神託の盾騎士団の中でもその戦闘能力の高さ故、年齢の割には高い階級にいたリグレットだったが、
それでも並居る先輩団員を何名も飛び越えて、当時はまだ参謀総長であったヴァン付の副官を務めるには、
実績から言っても異例の大抜擢であった。
その為、無粋な噂をしてあれこれと揶揄する者も多かったが、リグレットにとって、
それは気に留めることすら馬鹿馬鹿しい些細なことだった。
ヴァン=グランツという得体の知れない人物を抹殺すべきか否か、自分の目で確かめて判断すると強く決意をしているリグレットには、
周囲の好奇の目などはなから眼中にない。


実際、居並ぶ師団の長達の中でもヴァンはリグレットから見ても、その頭脳、実力、
共に既に彼らから一歩も二歩も抜きん出ていた。
近々、元帥に昇格すると噂されている大詠師モースからの信頼も厚く、
それに相まってヴァンが主席総長に上がるのも時間の問題だった。
(最も、モースの場合は金銭での裏工作が功を奏したらしいが。)
リグレットは教団上層部の内部事情を冷静に分析し、自分は日々ヴァンを観察し、彼から与えられた職務を淡々とこなしていた。

切れ者で通っていたヴァンの教団内での立ち回りは、傍から見ていても認めざるを得ないほど鮮やかだった。
その仕事ぶりは速く、どんなに過酷な任務でも的確、且つ実に効率的にこなす。
その事についての愚痴など一言も発しない。
自分の策を述べることはあっても、それによって無能な上司の顔をつぶすようなことは絶対にしない。
信頼に値すると、ごく自然に周りに思わせてしまう。
職責を全うすることに関しては、二手、三手先まで、全て計算した上で動いているようにも感じられる。
それ程彼のやり方は賢かった。
ともすると、自分を殺せと言い放ったヴァンが別人であったのかとすら思える程に、
その役者ぶりは板についていた。

しかしヴァンは、リグレットには時折、意味深な笑みを送って寄越した。
そしてそれは、明らかに彼女を煽っている様子であった。
「・・・・・・。」
リグレットが無表情で視線を返すと、ヴァンはいつも、ハハハ、とさも愉快そうに笑った。
(奴の真意が掴めない…。)
その度にリグレットには、焦りにも似た感情が沸いた。

(奴を始末すると決心するには、決定的な何か、が足りない。)
そして自分自身に問う。
(何故私は、未だにそれを迷っている?)
そんなリグレットの心の揺らぎを読み取るかのように、ヴァンは真摯な面持ちになり、必ず一言、
「─お前を頼りにしている。」
とだけ言って、彼女の肩をポンッ、と叩く。その表情に嘘は感じられない。

教団を手中に掌握したその先に、奴は何をしようと企んでいるのか。
預言を遵守し、人類の未曾有の繁栄のみを願うモースの固執した考え方にただ賛同しているだけとは思えない。
(奴の本心が知りたい。)
リグレットはだんだんと、そう思い始めていた。

教団内部で保守派のモース側についているヴァンは、改革派の人間達にとって、既に有難くない存在になっていた。
そのせいなのかどうかはっきりとは解らないが、リグレットが副官になった当初、
ヴァンの周りにはまだ側近らしい側近がいなかった。
彼を慕ってくる者は多かったが、その中で特にヴァンが親密にしていたのは、
元傭兵だったと噂され、恐ろしく体格が良い怪力男や、
怪しい研究を教団へ持ち込んで彼と共に密かに実験を続けている、譜業マニアで気味の悪い男、
年齢よりはやけに幼く舌足らずな、魔物遣いの導師守護役、そして、
鮮やかな深紅の髪を持った、無愛想で小生意気な少年など、
どうにも個性派揃いだった。
彼らは、贔屓目なしのリグレットが見ても、到底ヴァンの片腕になれるとは思えなかったが、
唯一、あと何年かすればその少年も青年になるので、その頃にはヴァンの直伝だという剣術の腕前からしても、
彼だけは側近として使えそうであった。

ただヴァンとしては、自分が主席総長になった暁には、彼らを各師団の師団長に据えた上で、
直属の部下にするつもりであるらしかった。
何故、わざわざあのような使いづらい者達を己に従えようというのか。
あのヴァンの元になら、良い人材が向こうから勝手に集ってくるだろうに。
程なくして、リグレットのその疑問は解明されることに至ったのだった。

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