DropsⅥ vol.4

ED後の話

自室の近くまで走り続けて、ティアは遠くにガイの姿を見つけた。
「ご・・・めんな・・・さ・・」
息も絶え絶えにティアが発した言葉は、まだガイには届いていない。
はぁはぁ、と荒い息をしながらガイに近づいたティアは、彼の姿を改めて見て、急に足を止めた。


ティアの自室の前で壁に寄りかかって立っていたガイの顔は、ティアが今までに見た事がないような、深くて暗い、苦しみの色を表していた。
一緒に旅をしている間には、何度かそれを見ざるを得ない出来事はあった。
ただ、ここまで自分を追い詰めたようなガイは、ティアは初めて見た気がした。 それは、一人では抱えきれない重さを含んで、今こうして立っているのがやっと、という様にすら見えたのだった。

「・・・・・・。」
声を掛けるのを躊躇して立ち止まっていた、ティアの姿を眼の端に捉えて、ガイのその表情は一変した。
「おーい!ここだよ。どうやら俺の方が先に着いちまったみたいだ。」
そう言ってティアの元へ駆け寄ってきたガイの顔には、もう何処にも先程の色は映ってはいなかった。

「・・・ヴァンが死んで、もう2年以上経つんだな。」
ティアの自室の庭の、ヴァンの墓石の前にしゃがんで、長い間手を合わせていたガイは、閉じていた眼をゆっくりと開けてポツリ、と言った。
「・・・そうね。」
ガイと一緒に手を合わせていたティアも、そう言葉を返した。
しかし、ティアの頭からは、先程のガイの姿がどうしても離れなかった。
合流した後もガイはティアの前で、あの顔を見せることは一度もしなかった。

いつも笑顔で明るいガイ。
時には励まし、時には笑わせ、必要とあれば仲裁に入り、いつも皆を元気づけてくれていた。
そんなガイに、あんな顔をさせることが出来るのは、たった一人だけ・・・。
ティアはそう思ったが、とてもガイには聞けそうになかった。
「この間、エルドラントに行って来たんだ。」
そんな事を考えていたティアには気付かずに、ガイは話し始めた。
「図面の確認でね。そこで、昔のヴァンとの日々を思い出していたんだ。で、思ったんだ。俺は結局、ヴァンに教わるばかりで、何の恩返しも出来ていないんじゃないか、ってね。」
ガイは愛しそうにヴァンの墓石を撫でた。

「俺はあいつの主人でもあったが、あいつを正しい道に導いてやることが出来なかった。あいつの苦しみを理解していながら、俺はあいつに何もしてやれなかったんだ。」
「兄さんの信念は強かった。妹である私にだって、兄さんを引き止める事が出来なかった。ガイがそこまで悔やむ必要はないと思うわ。」
ティアは静かに、ガイを諭す様に言った。
「それは解ってる。たださ・・・」
ガイは撫でる手を止めて言った。
「あいつの、ヴァンの元主人として、そしてただの友人として、あいつが死んだことを悲しむのも、ここでなら許されるかな、と思ってさ。」
「ガイ・・・。」
「ティアはあいつの妹で、俺はあいつの友人。俺らだけでも、ここではあいつの味方でいてやっても、いいよな?」
ガイは微笑んだ。
「ありがとう、ガイ。兄さんの事をそんな風に思ってくれて。」
ガイのそんな心が、ティアにはとても嬉しかった。
彼は本当に暖かい。 ティアの中にもそれが流れ込んできて、身体中が暖かさで満たされていくような気がしていた。

するとしばらくしてからガイは、今度は真顔に戻って、石碑に改めて向き直って話をし出した。
「・・・墓石、というのは、生きている人間の為のものなんだ、と、つくづく思わざるを得ないな。」
「生きている人間、のため?」
「今日ここに来た事で、少なくとも、俺は救われている。ヴァンはもうこの世にはいないんだ、と思い知らされる。」
その言葉にティアはドキリ、とした。
「でも、あいつの墓は違う。あそこに行ったところで、俺達には何の意味もない。君も、今でもそう思っているよな?」
「私は・・・。」
ティアはそれ以上言葉が出なかった。

「・・・っと、ごめん!変な事聞いちまった。忘れてくれ。」
すっく、と立ち上がったガイは、ティアの肩が微かに震えているのを見た。
ティアが懸命に押さえていた、ルークへの想いが溢れ出す。
あの墓には意味がない、と彼の口から、聞きたい。
「・・・私、そんなに物分りのいい人間、なんかじゃないわ!」

急変したティアの様子に、ガイは驚いて眼を見張った。
「私、ルークの口から直接聞きたい。俺は還って来た、ここにいるんだと。
でも、どうして何も言ってくれないの?どうして放っておいてなんて言うの?あなたはこうして還って来たじゃない!」
ティアの瞳からとめどなく涙が溢れる。もう自分でも感情を抑えきれない。
落ちた涙がヴァンの墓石を濡らした。
「ティア・・・。」
ガイは泣き続けるティアの側に、ただ黙ってじっと座っていた。

「ご、ごめんなさい、私・・・」
どの位の時間が過ぎたのだろうか。
ティアは隠れて頬を拭いながら、隣にいるガイに謝った。
「いいんだよ、ティア。泣きたいだけ泣けばいいさ。」
そう言って、ガイは言葉を続けた。

「俺には君の気持ちよくが解る。ルークには俺だって君と同じ事を聞きたい。あいつが還ってきたっていうのに、俺の中で整理がつけられない。
悔しいけど、あいつの本当の気持ちをあいつの口から直接聞くまでは、俺はここから、一歩を踏み出すことすら出来ない。情けない話さ。」
ティアが驚いてガイの方を振り返ると、ガイは入り口で見かけた時と同じ様に、苦しそうな、悲しそうな表情を見せていた。
「ガイ・・・。」
「あ~!もう俺って、あいつの事になると、てんでダメだなぁ!」
バリバリ、と自分の頭を掻きむしってガイは言った。
「この間もノエルに怒られたばかりだっていうのに。」
「ノエルに?ガイが?」
珍しい組み合わせの上に、珍しい場面だったので、ティアは真顔になって聞いた。
「そうさ。そんなガイさんは見たくないです─ってさ。」

「・・・ぷっ」
哀しいような、情けないような、半笑いのような、怒りのような、とても複雑な顔をしているガイを見て、ティアはつい吹き出してしまった。
「なんだよ、笑うなよ。」
「・・・だって・・・ごめんなさい・・・その顔・・・」
笑いを堪えながら謝るティアに、ガイもプッ、とつられて吹き出し、やがて二人で大笑いをしていた。
ひとしきり笑い合うと、隣にいるティアの笑顔を見ながら、ガイは少し笑い止んで言った。
「俺達、二人とも、同じ穴のムジナだな。」
ふと、ティアの笑いも止んだ。
「生まれ故郷が同じで、世話になった人間も同じ。心から大切に思っている、人間も同じ。挙句の果てには、その人間に振り回されちまうわ、あんな人間にも振り回されちまうわ、でさ。ほんと、変な所が似てるよなぁ。」
ガイは続ける。

「そのムジナ同士、このまま共倒れにならないよう、お互いもう少しだけ頑張ってみないか?そして向こうの方から俺達に会いに来させるんだ。」
ティアがガイを見つめると、ガイの表情はいつものような明るさを宿していた。
ティアも決心した。頑張ってみよう。私も。
「・・・そうね。このままルークに負けっ放しじゃ、私も悔しいもの。」

「ようし!そうこなくっちゃ。」
ガイは勢いよく立ち上がると、一つ伸びをして言った。
「じゃぁ、晴れてこうして約束も誓い合ったことだし、そろそろ、ここもお開きにするかぁ~。っと、その前に。もう一つだけ頼んでもいいかな?」
「何かしら?」
「最後に、君の大譜歌を聴かせてもらってもいいかな。ティア。」 <終。 ─Ⅶへ続く─>

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