DropsⅥ vol.3

ED後の話

その日ユリアシティでは、開催日の迫ってきている三国定例会議の準備が行われていた。
この会議は、元々は、キムラスカ、マルクト、ダアト間で行われていたものだったが、魔界に降りた後は、ユリアシティとケセドニアの代表も加えて行われるようになっていた
会議の書類を用意するために、ユリアシティの書庫と譜石部屋、そして会議室と、行ったり来たりしていたティアは、 途中のフロアで、おーい、と誰かに呼ばれてその足を止めた。
声のしてきた方向を見上げると、会議室前のエスカレーターを、トントン、と足早に降りてくる途中のガイの姿が見えた。
「ガイ!」
「よぉ。」
ティアが返事をすると、ガイはいつも彼がするように、2本指をおでこにあてて、彼式の挨拶をした。


「久し振りね。ガイ。」
「ほんとだなぁ。」
ティアがガイに会うのはとても久々だった。
と、いうよりも、教団の仕事であちらこちらへ行っている割には、偶然すれ違うといった事もなく、あの日からガイとは話をする機会もなかったのだった。
「ガイがここへ来るなんて、珍しいわね。いつもの、ピオニー陛下からの任され仕事?」
めったに冗談を言わないティアだったが、ガイにはさらっと言えてしまう。
ガイの屈託のない笑顔と彼が纏う気安さが、ティアの固さを和らげるのかもしれなかった。
「ん~、まぁ、そんなとこ、かな?」
なんだか歯切れの悪い返事をして、あ、そうだ、とガイはティアに言った。
「ティア。会った早々頼みごとで悪いんだけどさ、いいかな?」
「何かしら。」
「俺、これからテオドーロ市長の所に行くんだけど、その後に・・・」
とまで言って、ガイは何故か一息ついた。
「?」
「・・・その後に、ヴァンの墓石に祈りを捧げたいんだ。ティアの部屋を通らせてもらってもいいかな?」
「ええ・・・ええ!勿論よ。」

この世界でヴァンは、人々を滅ぼそうとした大罪人となっていたので、ティアは正式な墓石を建てさせてはもらえていなかった。
仕方のない事とは解ってはいても、供養すらもしてもらえない兄は、さすがに不憫に思えた。
兄がやった事は、決して許される事では、ない。
けれど、とティアは思う。
私にとってはかけがえのない、血を分けた肉親だった。

私だけは陰ながらでも、兄の弔いをしてあげたい。
最初のヴァンとの戦いの後に自室の庭に建てた石碑を、今では墓石代わりにしてティアは出来るだけ毎日、手を合わせるようにしていた。
そしてそこには、リグレットの遺書も埋めてあった。
違う世界では、二人で幸せになっていて欲しい。
それは、自分の兄を、どんな形ででも愛してくれた自分の恩師、リグレット、ジゼル=オスローへの感謝と弔いの気持ちを、ティアなりに表したつもりであった。

「ずっと部屋を開けておいてくれ、というのも悪いから、時間を言ってくれれば俺がそれに合わせて行くようにするよ。それとも鍵を借りに行った方がいいかな?」
とガイが聞いてきたので、ティアは、
「私の仕事はもう終わるから、部屋の方で待っているわ。ガイの用事が終わったらいつでも来ていいわよ。」
と言った。
「悪いな。じゃ、ちょっと行ってくるよ。また後でな。」
そう言い残して、ガイは軽快にエスカレーターを上がっていった。

元気そうだ。
ティアはガイの後姿を見ながら、何となくホッとした気持ちになった。
“彼”と再会した日から、今日までどれ位経ってしまったのだろう。
その間ティアは、毎日仕事に忙殺されていた。

教団の連絡役、大譜歌詠唱の依頼受託、火力発電所の維持管理、新燃料開発等の動向調査、ユリアシティにおけるテオドーロの手伝い等々。
しかし中でも気になるのは、教団内部にまことしやかに蔓延る、預言を詠まない現執政者に反対する勢力の動き、であった。
トリトハイム大詠師による隠密調査も多少進んではいるようだが、勢力を仕切っている人物が余程頭の切れる人物なのか、彼らの動きや組織の規模などをなかなか掴む事が出来ず、その勢力に属している人間も、特定するまでには未だ至っていない。
「ルークがしたことを認めないなんて・・・。許せない。」
その事を考えると、ティアの中にとてつもなく大きな怒りが沸いて来る。
ルークに関する事になると、どうしても感情的になってしまう自分がいた。
私は、預言のない世界の素晴らしさを布教する立場にある人間だ。
感情的になって彼らを否定することは、教団の一員として、許されることでは決して、ない。

でも・・・とティアは考える。
頭では理解している。感情を抑えようと努力もしている。
しかし、どうしても無理なのだ。
ルークの事を考えると、自分でも自分に歯止めが効かなくなってくる。
「だから私は考えないようにした。“彼”に再会した今でも。」
アニスに言われた言葉が蘇る。
「解ったフリなんてしなくてもいい、と思うよ。」

駄目なのだ。
解ったフリどころか、考える事すら避けている。
“彼”に会うのが怖い。
きっと自分で自分を抑えきれない。
“彼”に詰め寄って聞いてしまうかもしれない。

どうして。
どうして、俺はここにいる、と言ってくれないの。
どうして、ずっと傍にいる、と言ってくれないの。
どうして、私に、会いに来てくれないの。
・・・どうして、あの時、私を一人にしたの。

「ティア。そこで何をしておるんじゃ。」
譜石部屋の入り口のまん前で立ち尽くしていたティアは、呼ばれてハッ、と我に返った。
「お爺様・・・?!─ガイは?ガイとは話は終わったの?!」
「ああ。今さっき終わった所じゃよ。しかしなんでこんな所で・・・」
譜石部屋に保管しておくはずの資料をテオドーロに押し付けて、ティアは自室へ一目散に駆け出していった。

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