DropsⅢ vol.3

ED後の話

薄暗い部屋に入ると“彼”は、背中に挿した大剣を入り口に立てかけ、着ていた砂だらけのマントを放り出し、電気も点けずにドカッ、と椅子に座った。
周囲に建物が乱立しているせいで、ここには昼間でも、あまり日差しが入ってこない。
首をもたげて、ふぅ、と一息つくと、彼はぼんやりと目の前の薄暗い空間を眺めていた。
部屋の中には使い古した机と硬い椅子、最近では自分で作る事も無い、食事をする時の為の器が、申し訳程度にしか入っていない棚と粗末なベッド位の、 生活する上で必要最低限の家具しか置いていない。


疲れて帰ってきて、ただ睡眠を貪るだけの場所。
今の自分には、この身を飾るものも、自己顕示する為のものも、明るい部屋も、温かな食事も、生活を潤わせる類のものは一切必要が無い。
今の俺にはこれが合っている。─と彼は思う。
休みといった休みもほとんど無く、朝から晩まで、時には夜が明けるまで働き、くたくたになって、泥のように眠る日々。
ふとしたことで頭をもたげてくる自分の中の“やりきれなさ”は、そうすることでしか押さえられない。
・・・一体あいつはいつまで我を通すつもりなんだ。

「あんたはいつだってそうだった。激昂して突っ走るわ、人の話は聞かないわ、唯我独尊でさ。たまには素直にあたしらを頼る、 ってことをして欲しいと思ってたよ。まぁ当時はあたしらも金で雇われてたから、それも仕方ないとは思ってたけどさ。」
久々に再会したノワールの言葉は突き刺さった。
確かに俺は、あいつの事ばかりを責められない。

六神将の内の一人で、ヴァンの片腕としての責務にあったリグレットにも、同じように言われていた記憶が蘇る。我を通そうとしてヴァンに反抗する自分は、彼女に窘められることも多かった。
そして今のあいつはあの時の俺と同じだ。かつての自分の姿と重なって見えた。
「─でもさ、こうしてまたあんたがうちらを訪ねてきてくれて、本当に嬉しいのさ。よく来てくれたね、アッシュの旦那。」

“ルーク”のかつての仲間達との束の間の再会後、特に行く当ても無く、方々を彷徨っていたアッシュは、 「暗闇の夢」が現在ケセドニアで大きく商売をしているという話を途中で耳にしたのを思い出した。
サーカス団を隠れ蓑に盗みを働き、かつて漆黒の翼と呼ばれていた内の一人、ノワールを訪ねてやってきたのだった。

以前は盗賊として指名手配までされていた彼らだったが、あれから程なくして捕縛され、一時マルクト帝国に拘留されていた。
その後、戦乱で身寄りの無くなった人々に、自分達が盗んだ金品を分け与えていた事、また「暗闇の夢」やナム孤島において、 彼らを雇用して運営していた実績を考慮され、執行猶予付きではあるが事実上釈放されていた。
そもそも、彼らの故郷であるフェレス島を消滅させしめた、預言に頼った世界は変わり始め、現在の執政者達は預言を詠まない選択をした功労者であり、彼らに対して盗みをすることで反抗する名目も無くなっていた。
しかもマルクト、キムラスカ両国からは運営の為の援助金まで出してもらったので、彼らはその後きっぱりと盗賊から足を洗い、今では全国でも有名な商売人、としての名をあげていたのだった。

ケセドニアで常駐運営しているサーカス団の楽屋を訪ねたアッシュは、ノワールとウルシー、ヨーク、 そしてその日たまたま彼らの仕事の請負に来ていた、ギンジとも再会した。
この世界に戻っては来たが、これから一から始めると決めた以上、生きていく為にはまず食い扶持を探さなくてはならない。
衣食住の確保が何よりも先決だった。

しかし「あの家」には“俺”はもう戻らない─とも決めていた。
「そんなの、あんたの親やあの可愛い姫様に頼っちまえばいいのにさぁ。」
そこまで話すと、多少呆れ顔になってノワールは言った。
「幾分かは素直になった様だけど、変な所で潔癖なのは変わらないねぇ。」
くすくす、と笑うノワールに、
「大きなお世話だ。」
と返したアッシュだったが、その言葉に昔のような刺々しさはない。
「アッシュさんと、またこうして一緒に仕事が出来るなんて、光栄です。」
ギンジが言った。
聞くと彼は現在、新燃料機関の開発とは別に、ノワールの仕事も請け負っていた。シェリダンで製作した飛空艇のテスト走行のついでに、 ナム孤島への器材の運搬や、他国への物品配送などを行っているらしい。新燃料の一つとして使用されている、 バイオ燃料の原材料とその完成燃料もその内の一つだ、という話だった。

「でも本当にいいんですか?皆さんに、せめて居場所だけでもお伝えしておいた方が・・・。」
一通りお互いの話をし終った後、心配そうに聞いてきたギンジにアッシュは、きっぱりとした声で答えた。
「いいんだ、これで。」
“あいつ”がこれからどうするのかを、俺はまだ聞いていない。
“あいつ”ときちんと話をつけてからでないと、俺が“あいつら”と何のわだかまりもなく話をすることなんて到底出来やしない。

ギンジに返事をしながら、アッシュが一瞬垣間見せた苦悩を、ノワールは見逃さなかった。
「ギンジ。アッシュの言う通りにしておやり。」
「でも・・・」
「あんたはあいつらの味方かい?」
「何を言うんですか!僕はアッシュさんが誰よりも優先に決まってるじゃないですか!」
ノワールの言い草に、ギンジはカチン、ときて答えた。
「じゃあこれ以上ツベコベ言うんじゃないよ。わかったね?」
「・・・わかりました。」
「悪いな、ギンジ。ノワールにも礼を言う。」

「!?」
未だかつて聞いたことの無いアッシュの言葉に、皆は一様に驚愕した。
そしていち早くその表情から普段の表情に戻ったノワールは言った。
「いいんだよ。あんたにもあんたの考えがあるんだろう。うちらがとやかく口を出すことじゃないよ。まぁそれより、これからよろしく頼むよ。
この辺りをねぐらにしている新手の盗賊団が、闇取引に持ってくと高値で売れる、 バイオ燃料とうちのサーカス団の美女達を狙って、日夜うちらを付回してんのさ。 あんたに護衛してもらえれば、あたしらの方も一安心できるって訳だよ。一石二鳥じゃないか。」
そう言うとノワールは、改めて握手を求めてきた。
差し出したアッシュの右手を掴んで、ぐいっ、と自分の方へ勢いよく引き寄せると、ノワールはアッシュの耳に自分の唇を近づけ、 小声でこう囁いた。

「・・・あんた、本当に大丈夫なのかい?」
「?」
ノワールが言っている意味がいまいちよく解らない、という風に、アッシュは軽く眉を寄せた。
「そんな大きなもの抱えちまってさ・・・。けど、あんたがもし辛くなったら、今度は言っておくれよ。あたしらに何が出来るかは分からないけどさ、聞いてやる位のことはさせておくれよ。解ったかい?アッシュ。」
「・・・・・・。」
その言葉の意味をようやく理解したアッシュは、一瞬考えてから黙ってうなずいた。
すると満足そうな笑顔を見せてから、つ、とアッシュから離れたノワールは、遠巻きにその様子を見ていた残りの三人に向かって怒鳴った。
「ほら、あんた達!そこでぼやっとしてないで、この子を連れて今日の仕事に取り掛かっておくれよ!」

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