DropsⅦ vol.2

ED後の話

コンコン。
ケセドニアのマルクト帝国領事館内にある 来賓用の部屋に、一人で篭っていたピオニーは、扉をノックされた音にいくらか動揺したように、多少上擦った声で、入れ、と返事をした。


「失礼します。」
恭しくお辞儀をしながら入ってきたネフリーの実兄、ジェイド・カーティスは、
「先程一度、陛下をお訪ねしたのですが、何も言わずに勝手にお出掛けになったまま、外出先からまだ戻っていらっしゃらなかった様でしたので。」
と、暗に自分の方がピオニーより先に戻っていた旨を付け加えて言った。

ニヤリ、と意味深な笑みを湛えたジェイドは、彼より後に戻ってから、領事館の廊下で彼とすれ違ったことにも気付かない程に、ぼんやりと昔の思い出に耽っていたピオニーを、すっかり見透かしているようだった。
「・・・たまには嫌味無しに入ってこられないもんかねぇ。」
「すみません~。あいにくと、気遣いが表に出ない性分なもので。」

酒場でナタリアと別れたピオニーは、その後も一人で飲み続けながらネフリーの事で頭が一杯になっていた。

離婚だなんて、一体彼女に何があったのか。
強そうに見えて、実は内面には脆いところのある彼女だ。
出来ることなら自分が傍に行って彼女を支えてやりたい。
しかし重大な案件を抱えている今、あのへそ曲がり兄貴に、自分のこのザマを気付かれるのは何か腹立たしい。

そんな複雑な思いを行ったり来たりしている内に、大分酔いが回ってきたので、ピオニーは、ふらふら、と領事館までの道のりを一人で戻ってきた。
本来なら領事館内にいたはずの、しかし実際には目の前を千鳥足で歩いて帰ってきたピオニーの姿を廊下で見かけたジェイドは、少し驚いたのと同時に彼に何かあった事をすぐに察した。

「・・・で、どうだった?」
自分のそんな失態を隠すかのように、早速ピオニーは聞いてきた。
「結論から言うと、“ルーク”ともアッシュとも話すことが出来ました。」
ジェイドは、そんな彼の様子に気付かないフリをして、今日の顛末をかいつまんで、しかし解りやすくピオニーに説明した。

「そうか。ルークは皆の所へ顔を出す、と言ったんだな。」
「はい。具体的な日時は分かりませんが、念のため、三ヶ国会議の日程をアッシュに伝えておきました。」
「うむ。」

そして“ルーク”の残留思念が、彼を繋ぎとめた事を聞いた ピオニーは、言うべき言葉か、とボソッと呟いた。

あの時言えなかった言葉が、今でも彼の中でひっそりと燻り続けている。
預言によって次期皇帝に指名され、それは突然、ピオニーでも抗う余地の無い現実となって彼の元に降ってきた。
その座を巡っては、当時、血生臭い事件が纏わりついていた。
原因は違えども次々と命を落としていっていた、自分の異母兄弟たち。
不自然な死に方とは断定できないようになっていたが、彼らが見えない誰かによって、裏で手を回されていることは明白だった。
このままでは、自分に近しい人間の身も危ない。
ピオニーは彼らを守る為に、身を引き裂かれるような思いでそれらの決断をしたのだった。

預言によって離れ離れにされたあの日。
当時はそれが絶対の真理だった。
彼女を離したくないと思い続けながら、結局は、俺ですらそれに逆らうことはできなかった。
盲目的に預言を信じていた人間達。
それを運命と受け入れてしまった俺達。

しかしピオニーは、それを預言のせいだけにはしなかった。
誰のせいでもない、という事が時にはある。
人間生きていれば、流れに乗らなければならない出来事も起こる。

ピオニーは軟禁生活が長かったせいか、柔軟性というものを多分に持ち合わせていた。
そしてそれは皇帝に就く者として、持つべき性質の類の内の一つだ、と常々ジェイドは思っていた。

「時に、陛下。」
「なんだジェイド。」
「ネフリーが離婚することになった様です。」
ジェイドはおもむろに例の案件を、真っ直ぐにピオニーにぶつけてみた。
「・・・知っている。」
「やはり、ご存知でしたか~。」
少し驚いた風をわざとらしく演じてジェイドは、まぁ、陛下のその様子を見ていれば誰でも分かりますが、と付け加えた。

「で、どうなさるんですか。」
「お前もそれを聞くのかよ。」
そう答えたピオニーは、ジェイドが予想していたよりも落ち着いていた。
この様子なら、単刀直入に聞き続けても問題ないだろう。
「陛下も、やり残していた事があるのではないのですか?」
「・・・ない、と言えば嘘になるな。」
ピオニーは正直に言った。

「お前も知っての通り、俺はあの時、預言の通りに彼女と別れ皇帝になり、そして今、ここにこうしている。あの時は、ああするしかなかった、というのも事実だ。」
「はい。」
しかしな、ジェイド、とピオニーは続ける。
「誰かのせいにするのは容易い。でも俺は、自分に起こった全てのことは、結局は自分が背負うべき物だと思っている。だから俺は、後悔はしない。」

「・・・君らしいな、ピオニー。」
ジェイドは友人の口調のそれになって返事をした。
こう言う時のピオニーには、ひとかけらの迷いも無い。
こういう所が、彼が普段、ちゃらんぽらんにしている様に見えても、皇帝たる所以なのだ、とジェイドは思うし、自分が忠誠を捧げるに足る相手である、とも改めて思うのだった。

「俺が彼女を想う気持ちは今でも変わらない。だが、彼女も今は自分の事で手一杯だろう。俺が自分の気持ちばかり彼女にぶつける訳にはいかない。彼女の気持ちも考えないとな。だから結論は急がない。」
ピオニーは少し遠い目をして言った。

「君のその大きさにきっと、ネフリーも惹かれたのだろうな。」
ジェイドは言った。
「今のネフリーの気持ちは私にも解らないが、今度は上手くいけばいい、と君の友人としては思っているよ。」
「ジェイド。」
「・・・まぁでも、君から義兄と呼ばれることは、本当は御免被りたいがね。」
「てめぇ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
少しして、いつもの懐刀の立場に戻ってジェイドは、

「彼等にも、もう少しその大きさがあってくれれば良い、と思うのですがね。」と言った。
「仕方ねぇだろう。何しろまだ奴等は若いんだ。解ってはいても、自制が効かなくなることも多いだろうさ。」
「元々、素質は皆さん持っているようですからね。」
「その素質とやらを一番持っていそうな奴が、今、誰よりも一杯一杯になっちまってる様だからな。それ程奴等にとって、この事態がデカイってことなのだろうさ。」
「由々しきことです。」
「ま、ここまで来たら後は奴等次第だ。俺らオッサン組はゆっくり見守ってやるとしようぜ。」

ピオニーはそうそう、ナタリアの件も一応片がついたぜ、と言って、もう彼女にお会いになっていたのですか、と今度は本当に驚いた様子のジェイドに向かってウィンクして見せた。
「俺は他人様のことになると俄然、腰が軽いのさ。」

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